2011年11月9日バックナンバー
H23.11月9日

「ハシズム」とは、前大阪府知事の橋下氏の政治手法・政治思想がファシズムみたいであるということから、ファシズムをもじって「ハシズム」というのだそうだ。
 橋下氏はその政治手法や言動の過激・強引?さから「独裁」とも言われている。こういう表現にちょっと違和感があるのは僕だけだろうか?
 よく考えてみよう。果たして、現代民主主義国家の中で「ファシズム」や「独裁」が成立するだろうか? 主権はあくまで国民にある国家社会である。主権者が選挙という民主主義の手続きを経て選ばれた代理人が議会で審議や協議をし、議案や政策や法案を議決(意思決定)していく。維新の会も全て選挙で選ばれた議員である。しかも直近の地方統一選挙である。言わば、直近の大阪の民意と言っていいだろう。
 
「ファシズム」「独裁」とは広義に全体主義・権威主義で、ある特定の団体・組織・個人による特定思想統制の下、議会政治の否定や法治主義の否定、市民的・政治的自由の束縛・抑圧等が行使される国家社会体制のことである。
 現代社会では、少なくとも日本においてはまず有り得ない。

 今回の大阪W選挙。橋下氏率いる維新の会は理念と政策を提示し、選挙という民主主義の正当な手続きに訴え、世論や住民(有権)にその信任と是非を問うているのだ。
 大阪市長選では、与野党相乗りの平松氏。そこに共通し見え隠れするのは、どうやら既得権益の墨守である。橋下氏を「独裁」とか「ファシズム」と呼んでいるのはその既得権益者(ステークホルダー)達である。僕から言わせれば、既得権益者ほど強固で怖いものはない。それは、自分らが既得権益者であるということを自覚していないからだ。或いは、自覚しているがそのことを決して表に出さないからだ。
 
彼らは、橋下氏に「独裁者」「ファシズム」というレッテルを貼り、改革者をあたかも強権者や上から目線のけしからん奴というイメージを付け、既得権益者の方が弱者で破壊される側という弱い立場を演出・強調しているような気がする。大阪府・市民はよく見、考え、判断しなければならないと思う。
勿論、それぞれの候補者から提示された政策や理念や方向性が大阪府民・市民の現在と未来にとってどちらが有益なものか?


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